業務フローチャートは、「業務フローチャートが普及しない理由」で書いたように、基本的に法的な要求がなくて必要性を実感しづらいものです。しかし、本当に必要のないものであれば、「業務フローチャートをつくった方が良い」と言う人は誰もいないはずです。

そうすると、業務フローチャートによって「できる何か」があり、気付いていない「ご利益」があるはずなのです。ここでは、その「できる何か」について主な5項目を挙げましたが、具体的なご利益については別記事にて一つひとつ説明していきます。なお、業務フローチャートをイメージしやすいように簡単なサンプルを掲載した上で、これら5項目について説明しました。

  1. 業務マニュアルとして使える
  2. 業務改善
  3. 業務開発
  4. 監査業務
  5. 脳内の整理整頓ができる
簡単な業務フローチャートのサンプル

1.業務マニュアルとして使える

業務フローチャートを読めば、「どのタイミングで・誰が・何を・どのような処理をする」のかがわかるため、その連続した繋がりから「業務の流れ」がわかりやすくなります。

仮に、業務フローチャートに込められた情報全てを文字だけで説明しようとすれば、その文字数は膨大となります。膨大な文字を読み込み、さらに頭の中で業務の流れをイメージしていく作業が不要になると思えば、それだけでも多大なご利益があると言えます。

さて、業務の流れがわかるということは、業務の手順がわかるということです。さらに「何を・どのような処理をする」を明確にしているため、作業の目的ははっきりしています。この時、業務フローチャートに登場する各種帳票やデータをフォーマット化(標準化)しておけば、誰もが同じように処理できて一定以上の品質に仕上がります(システムも同じ効果が期待できます)。

そのため、業務フローチャートに従えば、与えられた仕事の進め方がわかる「業務マニュアル」になるのです。しかも、膨大な情報量について従業員一人ひとりが解釈する必要なく、見るだけでわかるご利益があるのです。但し、業務マニュアルがあっても、従業員が業務マニュアルに従わないケースは山ほどあります。この問題に対する考察及び対策等は、改めて別記事で取扱いたいと思います。

2.業務改善

業務改善と言えば、誰もが聞いたことがあり、誰もが大切だと認識しているが、ちっとも進展しない社内プロジェクトの一つと言えるかもしれません。業務の仕組みに不備があれば、それを改善して最適化していくことが理想ですが、現実には多種多様な妨害要因があるわけです。その妨害要因については、改めて別記事に書くとして、ここでの詳しい説明は割愛します。

まず、業務改善をするためには、現状抱えている問題点を正しく把握しなければならず、問題点を把握するためには業務の実態を知らなければなりません。その業務の実態を知る手法として、業務フローチャートは最適と言えます。業務フローチャートで実態を可視化すれば、業務に対する方針、有効性や効率性を向上させる視点等を整理することで問題点を洗い出せるはずです。

そして、その問題点に対する解決案については、業務フローチャートを使えば具体的に提示できます。例えば、実態フローチャートに対して、改善後の提案部分で赤字にすれば一目瞭然となります。

一般的には、このように業務改善をすることで業務の最適化が期待されるわけですが、最適化には全体最適と部分最適の二つがあります。部分最適は、業務フローチャートがなくても実行可能な場合がありますが、文字通り部分的な改善処置であるため、業務全体が最適化されたか否かは別問題となります。

一方、業務の仕組みの変革が伴うケースが全体最適であり、その場合は業務フローチャートが不可欠となってきます。業務フローチャートによって仕組み全体を俯瞰できるようにして、根本的なところを改善することで業務全体の隅々まで劇的に変わっていきます。

長々と説明しましたが、業務フローチャートを活用すれば実態を把握できるため、必要に応じて全体最適、部分最適を目的とした業務改善を実施していけるようになります。その結果、得られるご利益は、業務の有効性と効率性を高めることであり、中長期的に見れば大きなコストダウンに繋がっていきます。

<参考>
部分最適とは、部屋の隅々まで徹底して模様替えしたつもりでも、必ず模様替えしなかった部分が残るようなものです。全体最適は、部屋そのものを替えるという根本的な処置になるため、隅々まで劇的に変わるのです。
<DX推進には業務改善や業務開発が伴う>

近年、話題になっているDX推進は業務改善を伴うものですが、あまり本格的に対応されていないように感じます。DX推進は、もちろん業務の仕組みを変革させる全体最適ですが、実際には部分最適をやっている会社が多いように思われます。

DX推進が全体最適であることを理解せず、従業員に丸投げしているような話もチラホラと聞きますが、全体最適は経営層案件であるため、丸投げした時点で部分最適の処置をする以外の選択肢はありません。

経営層が「DX推進は全体最適である」と認識すれば、まずは業務フローチャートを作成して、全体の仕組みを明らかにするはずであり、その上で”あるべき姿”と”抱えている問題点”を抽出して方針を打ち出していくものと考えます。

3.業務開発

業務開発と業務改善は、その言葉からよく似た印象を受けますが、前提条件が異なります。業務改善は、既に存在している業務の仕組みを改善することですが、業務開発は存在していない業務の仕組みを設計して構築することです。

基本的な観点は業務改善のところで説明したものと同じですが、存在していない業務の仕組みを誰もが具体的にイメージできるようにするために業務フローチャートが活躍します。業務フローチャートがなければ、多くの従業員が頭の中で自分なりに業務手順等を想像することとなり、その想像した事柄が不一致であれば構築段階で大きなトラブルが発生したりします。

また、業務の仕組みの矛盾点を抽出することも困難になるため、新しく開発した業務の仕組みが最初から問題だらけになってしまう可能性もあります。業務フローチャートがあれば、新しい業務の設計内容を精査しておくことができ、このような問題を回避することができます。

もう一点挙げておくと、「失敗の本質」や「戦略の本質」で野中郁次郎教授が提唱されている知識創造理論において、”暗黙知から形式知”への転換していく具体的な手段の一つと言えます。個人レベルで保有している経験的知識(暗黙知)を組織的に共有するためのカタチ作りにおいて、業務フローチャートは誰もが把握できる手順に落とし込むことができます。その手順通りに業務を行えば、やがて暗黙知は暗黙知ではなくなり、誰もが当たり前のやり方(形式知)として浸透していきます。

4.監査業務

監査業務は難しい言葉ですが、ざっくりと言えば、監査役や内部監査による会計監査と業務監査等、監査法人による会計監査があり、要はルール通りに経営者や従業員が仕事をしているか否かのチェックをするわけです。

この内、業務フローチャートが活躍する場面は、主に業務監査であり、ルール通りに業務が行われているかをチェックする時、業務フローチャートが重宝します。この仕事は主に内部監査が行うことになりますが、まず業務フローチャートが社内規程等に適合しているか否かをチェックして業務の適切性を監査します。その上で、適切な業務フローチャート通りに業務が行われているか、担当者へのヒアリングや帳票類のチェックをして監査するのが一つの流れです。

この業務監査をしっかり行おうとすれば、業務フローチャートによって実態を把握することは重要だとご理解頂けるはずです。但し、内部監査人の設置が求められるのは、基本的には上場企業や株式公開(IPO)を目指すベンチャー企業であるため、一般的な中小企業はあまり気にする必要はありません。

これは蛇足となりますが、JSOX法と呼ばれる「内部統制報告制度」が施行された2006年以後、さらに業務手続に対するチェックの重要度が増しており、業務手続における内部統制の仕組みの評価が求められるようになりました。この時に使う内部統制フローチャートは「業務フローチャート」であり、業務記述書とリスクコントロールマトリクスと合わせて三点セットと呼ばれています。詳しく知りたい方は、ネット検索すれば多くの情報を閲覧できますが、(個人的な経験として)大手監査法人が公開している情報が信用に足ることを補足しておきます。

5.脳内の整理整頓ができる

これは一般的な活用方法ではありませんが、日々の仕事でも役立つ一面があることを紹介しておきます。業務フローチャートと言えば、記号を並べて線を繋いだ図であるため、フロー図でなければフローチャートと認識しない人が圧倒的多数です。

しかし、記号による作図ではなく、文字で表現すれば「どのタイミングで・誰が・何を・どのような処理をする」の羅列となります。つまり、フロー図は単に見やすくする工夫であり、そこに込められた情報を最小単位で捉えると「処理する順番を整理したもの」となります。そうすると、会議のレジメ等にまとめられた議題の順番もフローに類似したものであり、与えられた仕事に優先順位をつけて並び替えたものもフローに類似したものです。

ビジネスマンであれば、初めて担当する仕事に対してどこから手をつけるべきか悩んだり、複数の案件が同時進行する時にどの順番で処理していくかを悩むことは多いと思います。このような時、フロー図を作成するように仕事を整理するとストレスが軽減されます。

まず、仕事内容を整理整頓できれば、やるべき事の全体像を掌握できるため、仕事の規模感が掴めます。さらに、取り組んでいく順番が決まるため、後回しにするべき事がわかり、今やるべき事だけに集中しやすくなります。これだけで相当なストレス軽減になるはずです。

さらに言えば、フロー図をイメージしながら処理していく順番を整理する時、「具体的には何をするのか?」がわからない工程があれば、それは質問するべきポイントです。その仕事を指示した相手に質問することで作業内容が明らかになれば、作業全体の流れがはっきりわかるようになり、後は手順に沿って処理していくだけとなります。

これを面倒だと思う人も多いと思いますが、今やるべき事がわからずに時間を浪費しているよりも仕事は早くなることが大半であり、そもそも仕事に着手する前段階でムリ・ムラ・ムダが解消されているため健全な精神状態で仕事に取り組めるようになります。

なお、わざわざフロー図を書き起こす必要はなく、やるべき事を時系列順で箇条書きするだけで「処理する順番を整理したもの」になるはずです。書籍の目次をイメージして、一つの”やるべき事”に対して作業内容をさらに時系列順で箇条書きしていけば、より一層精度が高まります。興味を持った方は、是非一度お試しください。