事業計画書に記載するビジョンや数値目標は、一定のゴール地点と言えるようなものです。目標を決めることの大切さは多くの人が知っているため、ビジョンや数値目標について何も考えていない起業家は少ないようです。しかし、いざ起業家の立場となれば、何よりも日々の売上獲得に注力していくため、次第に当初の目標を蔑ろにしていく傾向があるように思います。

会社のトップである起業家が目標を蔑ろにすれば、その従業員が目標を蔑ろにしても何ら不思議はありません。目標を蔑ろにすれば、会社やビジネスの方向性が定まらないだけでなく、それ以上に仕事の緊張感が損なわれていくように感じます。その理由として、仕事の期日が不明瞭になる点が挙げられます。

ビジョンと数値目標の役割

ビジョンと数値目標は、前述したように事業計画書における一定のゴール地点を示します。このゴール地点の位置は、これから構築しようとしているビジネスモデルの事業規模を示すこととなり、事業戦略や営業戦術等の選択にも大きな影響を及ぼします。

例えば、売上目標1,000万円と1億円では事業規模に10倍の違いがあります。仮に1年間でこれら売上目標の達成を目指すとすれば、その時に選択する事業戦略や営業戦術等は、それぞれ全く違うものになるだろうと容易にわかります。

この時、事業規模の大きさを決定したことだけに目を奪われがちですが、実は、仕事に期日が与えられたことも重要なポイントとなります。期日のある仕事と、期日のない仕事の二つが目の前にあれば、期日のない仕事は後回しになるのが道理です。

新規事業は、仮にビジョンや数値目標がなくとも、一度動き出せば膨大な実務の連続が待ち構えているものです。そのため、日々の業務に追われて、目標に対する意識が後回しになって薄れていくのです。しかし、目標に対する期日があれば、その期日から逆算した事業展開を計画できるようになるため、日々の業務に追われながらも、着実に目標達成に向かって進んでいきます。

つまり、ビジョンや数値目標をしっかりと定めておけば、現実的な事業計画を策定するための基礎となります。さらに、その期日は業務に対する責任感を生み出すため、会社全体に緊張感を与える効果も期待できます。

ビジョンと数値目標を蔑ろにすれば突破力が弱くなる

ビジョンや数値目標をしっかりと定めて事業計画書を策定しても、そのビジョンや数値目標の周知を徹底する起業家は少ないように感じます。事業計画書は機密情報と言えるため、安易に従業員に見せない姿勢を取ることは良いと思いますが、事業計画書を見せないことと、事業計画書の内容を伝えないことは別次元の話です。

そもそも事業計画書に記載された内容の一つひとつは、各従業員も理解しておくべき事柄がたくさんあります。特に事業コンセプト、ビジョン、数値目標、各戦略や戦術については、従業員にも伝えて大きな視点で会社の方針を認識してもらうことが大切だと思います。そうでなければ、事業計画に基づいた適切な業務指示を従業員に出したとしても、その業務指示の意図を従業員側が的確に掴めない可能性が高まります。

特に、ビジョンや数値目標で示された期日を認識してもらうことで、業務に対する責任感を生み出す効果が期待できるため、与えられた業務の期日を重視する雰囲気を醸成していく助けとなります。期日を重視する雰囲気が出てくると、会社全体に良い意味での連帯感と緊張感を生み出しつつ、事業全体の推進力が高まっていく傾向があります。わかりやすく描写すれば、チーム一丸となって、やる気がみなぎっている状態です。このような状態に達すれば、起業家は計画通りに事業展開を推し進めて、その雰囲気、連帯感、緊張感、推進力を損なわないように保てば良いのです(但し、常に緊張した状態は疲弊を招くため、時には緩和させる舵取りも必要です)。

逆に、従業員に大きな視点で会社の方針を認識させることなく、又、仕事の重さや期日を意識させることがなければ、前述したような推進力を生み出せないため、新規事業を成功させるために必要な突破力を発揮しづらくなります。このような場合、大きな売上を得られるチャンスに対して全力で取り組むことができず、ビジネスモデル構築のキッカケを逃してしまうパターンがかなり多いと実感しています。

何度もビジネスモデル構築のキッカケを逃せば、やがて運転資金も尽きてくるため倒産リスクが高まります。もちろん、チーム一丸となった突破力だけがビジネスが成功する要因はありませんが、新規事業を成功させる会社には必ず突破力があります。

一時的に、強制的に突破力を高めるだけなら、多額の報酬や恐怖心を利用する方法もあります。しかし、その場合は運転資金が尽きた時、恐怖による支配に耐えられなくなった時に、組織そのものが崩壊します。ビジネスモデルを構築した後の”安定”を考えるならば、早い段階から組織体制の安定を前提にした施策を打たなければなりません。その組織体制の安定には、従業員の雰囲気、連帯感、緊張感、推進力を損なわない配慮が必要であり、その一つとしてビジョンや数値目標を周知することがあるのです。

概念の大きい話となってしまいましたが、要点は、”人は、関心を持たない事柄に対して全力を尽くすことはない”と知っておき、その関心をコントロールする方法を考察することです。事業計画書に組み込まれた事柄には、従業員の関心をコントロールできるポイントが数多くのあるため、事業全体のバランスを損なわないように配慮しつつ、各事柄を巧く利用してみてください。